総説:高分子のからみあいと分子シミュレーション

以下の総説が出版になりました.

増渕雄一,”高分子のからみあいと分子シミュレーション”,アンサンブル(分子シミュレーション研究会誌),17(3), 162-166 (2015).

ここからダウンロードいただけます  Ensemble2015Aug.compressed

分子シミュレーション研究会は増渕が学生の時分からお世話になっている歴史ある学術団体です.何故か学会を名乗りませんが,実質的に学会と同じ活動をしていて,年次会もあるし学会誌も刊行しています.その昔,増渕も企画編集に携わったこともあります.その分子シミュレーション研究会から総説を依頼されて書いたのが上記の記事です.

自分もだんだん年取ってきたというか,いろいろなところで講演などさせていただく経験を経て,わかってきたことがあります.それはざっくり言うならば,自分が知識の前提としている事柄は読者(や聴衆)とは違う,ということです.(私以外私じゃないの〜というヤツ.)そんなの当たり前だと思われますか?しかし聴衆や読者がどこまで知っているか,それをこちらが知るのはほぼ不可能ですよね.高校の内容から始めればいい?では自分たちは高校でやっていた内容を全部覚えていますか?地学とか生物とか,専門外の事柄は?

高分子の物理をやる者として絞るならば,高分子が示す普遍性が重要です.これは高分子のダイナミクスが,ある時間帯では高分子の一次構造によらない,という実験的事実です.例えば拡散定数の分子量依存性は,ポリエチレンだろうがDNAだろうが同じなんです(もう少し正確にいうと,たとえば拡散定数Dを分子量Mの関数で書くとD∝M^αとなって,このαが一次構造によらない).普遍性があるからこそ,本来は多数の原子がつながっていて複雑な構造がある高分子を,単純なヒモとみなす描像(いわゆる粗視化)が許されるのであります.

普遍性を説明せずに,いきなり普遍性を前提とした粗視化を導入すると,他の分野の方々から猛反発を食らうのであります.例えばナノテクノロジー分野や化学の方々にすれば,原子1個を変えることに大変な努力をされているのです.それなのに,原子レベルの構造を無視するモデルを示されたら,そりゃあ怒りますよね.増渕はかつてJSTのさきがけというのに採択していただいたことがありましたが,その時はそんな経験をしました.要するに,自分の前提とする事柄をちゃんと説明しないとダメなんですよね.当時のさきがけの先生方は増渕のことを白痴だと感じたことでしょう.実際,ある人からは猛烈に怒られたし,別の方からは,なんでここにきちゃったの(その資格もないのに)?と言われました.話が一々かみ合わないのがとてもしんどかった.まあもちろんそれ以前に実力がないということなんですけれども.良い勉強になりました.

しかし悩ましいのは,そんなことから説明していると自分の仕事の説明に割く時間やスペースが減るということ.神は細部に宿るといいますし,そのような細部の積み重ねである研究を紹介するからにはそれぞれの細部を説明したくなる.特に自分が苦労して解決したところは自慢したいわけです.けれど場合によっては「誰が興味あんねん!」となるので(これは関西圏の人にしか分からんフレーズかも?)ぐっとこらえると.

総説とか,招待講演とか,そういうときに生じる葛藤であります.

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