小論文と論文

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応物では卒業論文を書く時期となっています.締め切りは来週の金曜日です.卒研生はみなさん頑張っているところです. 卒業論文を書くのは大変だと思います.論文を書くのが大半の卒研生にとって初めてだからです.特に,高校までで作文で褒められたとか,読書感想文で賞を取ったとか,入試の小論文は得意だった,という人にとっては苦労が大きいかもしれません.というのも,それらの国語で書いてきた文章と,学術論文はまったく別の作法で成り立つ文章だからです. 学術論文を初めて書く人にとって,増渕は個人的に,「小論文」なるものに対する経験が障害となっているように思います.入試や入社試験で課せられる小論文は字面では小さい論文ですが,論文とは違うものです.このように,テクニックとしての書き方が比較的確立されているため,大学入試のときなどに訓練されている人も多いでしょう.論文と似ている点もあります.たとえば作文ではない,という意味では論文と小論文は似ています.しかし,違いの方が大きいのです. 小論文と論文の最大の違いは議論のベースです.スタートラインと言ってもよいと思います.小論文では(上記のページにもあるように)自分自身の知識や引き出しがベースとなって論を組み上げていきます.試験のように他に資料がない状態で短時間で書くには,自分自身の頭の中から引き出すしかないですから,これはこれで良いでしょう.人とは違う特別な経験に基づいて論を進めると良い,とする見方もあるでしょう.一方,論文では自分自身の知識などはむしろ廃さなければなりません.これまでにきちんと確立された事実のみに基づいて論を進めなければなりません.自分だけの限られた特殊な経験や曖昧な聞きかじりで議論をスタートしてはいけないのです. 例を示して説明します.このような小論文の書き出しを考えます. 「地球温暖化による気候変動は私たちの生活に大きな影響を与えている.温暖化の進行を抑えるには二酸化炭素の排出を抑える技術の開発が必要である.そこで私は二酸化炭素を削減するため自動車の軽量化に着目した...」 よくある書き出しだと思います.新聞のコラムやエッセーにもありそうです.しかし上記の書き出しは学術論文としては問題があります.理由は3つあります.一つ目は,客観的な根拠が示されずに述べられている事柄が多すぎることです.二つ目は,著者の見解と他人の見解が区別されていないことです.三つ目は,従来の研究に対する紹介がなく自分の意見の位置が示されていないことです. 客観的な根拠を示すにはどうするか.これには参考文献を上げていきます.上記の例だと,「地球温暖化」が進んでいるという根拠を示す論文やデータの引用が必要です.さらに温暖化が「気候変動」を招いているとする根拠,「私たちの生活に大きな影響を与えている」とする根拠,「温暖化の進行」が「二酸化炭素」によるとする根拠...いちいち必要です.これらは新聞やテレビで喧伝されていますから社会的な共通認識になっているようですが,科学的に確立された事実ではありません.誰のどのような研究に基づいて議論を進めているかを明らかにするために,個々に根拠づけが必要なのです. 次に自分の意見と他者の意見を明確にするにはどうするか.これには上記の参考文献を上げていくこと,それに加えて主語を明確にすることです.上記の例文では例えば,「温暖化の...技術の開発が必要である.」という2番目の文章について,「必要である.」と言っているのは誰なのかを明確にすることです.参考文献を引用すれば誰の主張か示せますが,さらに文の頭に「XXXによれば」として人名をあげればより明確です. 最後に自分の意見の位置を示すにはどうするか.上記の例文の最後の文章が問題です.「そこで私は...着目した.」とあります.自動車の軽量化それ自体に着目している人はたくさんいるわけです.また,他にも二酸化炭素を削減する方策はあるわけです.これらの先行研究をきちんと紹介し,その中からどういう理由で自分の研究の立場を採用するのかを示さなければなりません.もちろん,ここには自分のアイディアに基づく選択がありますが,誰が何をやってきたのか,何がわかってきているのか,それを示さずに,自分の新しい思いつきであるかのように「自動車の軽量化」などと言ってはいけないのです.ポイントを絞って先行研究を紹介し,当該論文の立ち位置を明示することは論文の重要な成立要素です. 書き出しで問題設定をした後,本体の構成も違います.論文では「方法」「結果」「考察」と続きます.方法と結果は事実だけを示し,考察では自分の考えを示します.一方,小論文では,通常は科学的事実として示せる事柄はありませんから,「考察」しかありません.さきほど紹介したこのサイトにある小論文の第二段落を見ると,比較的納得できるような事柄が事実として具体的に書いてるように読めます.しかし事実としての根拠はありません.あくまでも著者の経験や伝聞に基づいて,著者の考えを示しているだけです.これは考察です. このように小論文は主観的な自分の頭の中を人に伝えるために書くものですが,学術論文は客観的な事実の積み上げを紹介するために書くものです.もし卒論に苦しんでいる人がいたとして,多少なりと参考となれば幸いです.

修論審査会

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マテリアル理工学専攻の修論審査会がありました. 修士の学位を得るには大学院での単位取得と修士論文の審査への合格が必要です.必要な単位数は学部に比べて少ないので,単位取得に苦労することはあまりありません(インターンに長期に出たり留学すれば単位が取れなくなりますが).一方,修士論文は大変です.修士論文は修士2年間の研究をまとめたものです.分野によっても違うのですが平均100ページくらいです. 修士論文は単に書くだけでも大変なボリュームですが,あたりまえですが書く内容がないと書けません.では何を書くのかというと,何を研究したか(そのテーマの重要性と新規性に関する調査),どうやって研究をすすめたか(方法の詳細な記述),どんなことが得られたか(データと解釈),得られた結果に関する議論(他の研究者による別の方法で得られた結果との比較や派生して議論できる事柄など),研究の総括,を書きます. 卒論でも修論でも,論文は著者の研究者としての能力を物語るものになります.研究者としての能力を身につけたかどうか,を審査されるのが学位審査なので,単位よりは論文が重視されるのです. 研究者としての能力とは何か?増渕が考えるには,まず新しくて意味があるテーマを見つけられるか,次に研究をすすめることができるか,最後に限られた時間で研究をまとめて文章化することができるか,この3つではないかと思います.理工系は修士まで行かないと...と言われることがありますが,その理由はこの研究者能力セットを身につける機会として修士の2年間が重要だからだと思います. 論文には,これらの能力が如実に出ます. まずテーマ設定においては調査能力が問われます.これは緒言の部分に現れます.論文では,まずその研究の背景(必要性やこれまでの分野の歴史)を調査してまとめます.過去の論文や文献を読み込んで,その分野の問題点をあぶり出し,そこで自分の研究の位置づけを明らかにして,新しく価値があるテーマであることを具体的,客観的に示す必要があります.分野によっては,この調査だけで論文になる場合もあるくらいですから,これだけでも大変です. 次に研究の遂行能力ですが,これはまさに論文の重要な部分である,方法や結果が書いてある箇所に現れます.実験が単に網羅的でなく,妥当な筋道にそって進められているか,調べられるべき事柄が満たされているか,ロジックが妥当であるか,など.卒論でもそうですが,(答えがわかっていてマニュアルがある学生実験と違って)研究では新しいことに取り組むので,なかなかうまく行かないこともあるし,場合によっては数ヶ月取り組んだ挙句に全く違う方向に転換しなければならないことも,よくあります.課題を自分で設定して1個ずつクリアすることを繰り返していきます.短期間でやれるものではないので,コツコツと続ける必要があります.大変ですが,ここは理系の大学院に進む学生さんであれば,嫌いではない作業のはず.研究や技術開発というのはそういうモノですし. そして最後に,研究をまとめる能力,実はこれが結構ハードルが高いものです.研究は最先端の内容であり,どこまでやれば終わり,という明確なゴールがあるわけではありません.しかし時間は限られています.修士なら2年です.その期間で一つのストーリーにしなければなりません.多くの場合,大きなテーマの一部しか研究できません.そんな場合であっても,論文として一つのパッケージにして,問題設定→解決手段の提示→解答の提示,までが矛盾なく繋がるようにしないといけません.論文を読めば,これが満たされているかどうかはすぐに解ります. ちなみに修士の在学中に学会発表などが推奨されるのは,修士論文の本体をまとめる前に,「研究をまとめる」ステップを経験していただく方がよいからです.定められた期日までに,研究のある部分でまとまったパッケージを作れるようにする,この訓練は,研究者や技術者にはとても大切だと思います.企業では2−3ヶ月で一つの案件をまとめなければならないと聞きますし. このように,修士論文を読むときは,通常の学会誌に投稿された論文と同じように学術的な内容について読むだけでなく,書いた方の研究者としての能力にも考えをはせながら読みます. さて,修士論文の審査の方法は大学,専攻によって少しづつ違いがありますが,今までの自分の経験だと以下のようなものです.審査員3名(主査1名,副査2名)が主に論文を読んで細部まで検討し,当該学生に対する諮問を行って詳細な審査をします.次にその他の教員を含めた専攻の教員全員で口頭試問審査を行います. 当然ながら審査は相当厳しいものです.(マテリアル理工学専攻は,今まで増渕が所属してきた5つの大学院の中で,一番厳格な審査だと思います.)しかし,修論を書く段階までくれば学生さんというよりは研究者ですから,口頭審査も学会発表に近い雰囲気になったりもします.増渕の場合は他の研究室と分野が違ったりしますから,審査というより教えていただくことの方が多いわけです.一方,残念ながらこの段階で研究者になりきれていない人(学部のレポートとか学生実験の口頭諮問みたいな感覚が抜けてない人)だと厳しめな雰囲気になったりします. 論文審査の結果が基準に達しなければ不合格となって,最低1年はやり直しになります.今年は修論の最終提出がマダですから,審査の結果もまだわかりません.いずれにせよ,修論を書きさえすれば通る,みたいに甘いものでないことは確かです.なお,合格した論文は永久保存されます.PDFを公開しているところもあります(増渕研では卒論から公開する予定です).また就職してから就職先に提出を求められることもあります. なんにしても,最終提出においては,悔いのないモノにしていただきたいと思います.

高分子物理化学:試験の講評

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金曜日の2限に応化の松下先生・高野先生と分担で行っていた高分子物理化学の定期試験を行いました.増渕担当箇所について採点が終わったので講評したいと思います. 増渕からは2問出しましたが,3回あった講義のうち,2回めと3回めのノートの内容そのままを訊くものでした.すなわち1問目は応力緩和と動的粘弾性の2つの実験について説明するもの,2問目はゴム弾性の分子論に関するものでした.いずれも細かいことは尋ねておらず,概要が理解できているかを問う問題です.どちらも100文字くらいで解答可能な設問でした. 採点してみて,ゴム弾性の方はかなりできていました.講義で「ゴム弾性は試験問題作りやすい」と言っておいたことなどが効いたのでしょう.またこのブログでも1回取り上げていることも要因かもしれません.式を示す必要はない,と断っておいたのですが,式のかなり細かい部分まで記憶している人が少なからずいて,ちょっと驚きました.要点として,1)ゴムの張力は自由エネルギーの変化でかけること,および,2)ボルツマンの式をつかうとミクロなモデルからマクロなエントロピーが出せること,この2点が理解できていれば正解としました.最後の結果として得られる弾性率の式は,高分子を専門にするなら知っておく必要があるけれど,別に覚えておく必要はありません. 一方で応力緩和と動的粘弾性については出来が悪かったですね.ヤマが外れたんでしょうね.「応力緩和」「動的粘弾性」という,言葉からうける印象だけで適当に書いた答案が目立ちました.2回めの板書をノートしてあれば,そこにばっちり答えが出ていますし,教科書もよく読めば判るように書いてあります.(実際教科書を勉強したと思われる答案もそれなりにありました.) 応物の受講生は,当然というべきでしょうが,ボツルマンの式や自由エネルギーに関して理解できている解答が多く,ゴム弾性の方はある意味サービス問題だったかもしれません.応化もわりにできていましたが,自由エネルギーに関する理解が不十分なものが目立ちました.生物はちょっと厳しい出来でした. ゴム弾性の方でいくつか気になる答案がありました. まず,応化の人たちの中には自由エネルギー=ギブスエネルギー(G=HーTS)だと思い込んでいる人がいるようです.講義で言いましたが,ギブスエネルギーは温度と圧力が一定の場合に使います.常圧下で実験するときなどはこの条件だし,体積が大きく変化する相転移でも使うので,ギブスエネルギーは確かに重要です.しかし.ゴムの場合は張力がかかっていますからギブスでは議論が難しいのです.かわりに温度と体積が一定であるヘルムホルツエネルギー(F=E-TS)を使います.エンタルピーHの理解があやしいのかもしれませんね.H=E+pVです.つまり内部エネルギーEに,その物体が膨張収縮することによる仕事を足したものです.まあこんなこと書いても分かる人にしか分からんか. それから(こっちの方が深刻ですが)エントロピーとエンタルピーを間違って覚えている(理解できていない)人があるようです.ボルツマンの式はエントロピーの式です.エンタルピーではありません.エンタルピーはエネルギーと同じ次元(単位がジュール:J)ですが,エントロピーは単位がJ/K(ジュール/ケルビン)です.せめてそこんところは理解しましょう.ボルツマンの式は S=k ln Ω ですが,ボルツマン定数の単位がなんなのかわかっていれば,エントロピーとは混同しないはずなんだけど.(なお,ln や expをとったら,単位はなくなります.ちなみにln や expの中も基本的には単位がない無次元にします.) 熱力学は抽象度が高くて,高校までのボイル=シャルルの法則あたりからのギャップが大きいんです.それに全微分や偏微分を知らないうちに習うこともあるので,難しく感じられると思います.けれど,こうやって後々出てきますので,大学院の試験にも出るでしょうし,復習しておかれることを勧めます.問題集とか教科書もたくさんあるので,自分にあったものを選べばかなり理解が進むと思います.たとえば問題を解きながら学んでいく,みたいな人にはこの本あたりどうでしょうか.

ボルツマンの(エントロピーの)式

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化生の松下先生,高野先生と高分子物理化学という講義を担当しています.その講義で寄せられた質問に適宜答えようと思います. 1/22日の講義では,ボルツマンの式を使ってゴムの弾性率を分子モデル(自由回転鎖)から導く,という,高分子物理化学の華を説明しました.この話は久保亮吾の学部向けの統計力学演習の本にも演習問題の一つとして入っていますし,統計力学と熱力学がわかっていればそんなに難しい話ではありません.逆にそれらがワカラナイと如何ともしがたい.しかし高分子物理およびソフトマター物理の入り口にあたる内容なので,細かい計算はともかく,その流れというか,ミクロな分子描像からマクロな材料の性質がわかるという素晴らしさをぜひわかってほしいと思います. 少し流れをおさらいしておきます.まず,マクロなゴム全体について,熱力学的に記述してみたのでした.すなわち,張力は引張られたことによる自由エネルギーの変化として表されることを示しました(このあたりのwebページに同様の議論があります.自由エネルギーが分からないという質問もあったんだけど,そういう人は熱力学を復習してください.)次に,ゴムのモデルとして,自由連結鎖の両端をつまんで引張ることを考えたのでした.自由連結鎖については,教科書ですでに(接続されたセグメント数が十分大きければ)形態分布関数(両端の距離がxになる確率の分布)がガウス分布になることが示されていたはずです.この分布関数からボルツマンの式をつかってエントロピーを求め,さらに自由エネルギーを求めました.ここまでくると,ゴムの弾性率が自由連結鎖のパラメーター(セグメント長とセグメント長さ)および温度で表されます. この議論のキモはなんといってもボルツマンの式です.増渕は講義で,この式を知らなんだら院試は通らないよ,と思い余って言ってしまいました.統計力学が講義にあるかぎりにおいてはこれは真実だと思うので,応物の学生さんたちにとっては間違いない.けれどアンケートを取ってみたら,ボルツマンの式はこの講義ではじめて聞いた,というものが結構出てきました.確かに名大工学部応用化学のシラバス見ると統計力学は選択科目にも無いね.これは大変失礼しました. そんなわけで,ボルツマンの式に関する質問が多く出てきました.まず,「ボルツマンの式はゴムだけの話なのか?」という質問がありましたが,NOです.ボルツマンの式は極めて一般的な式です.この講義の前半ではFlory-Hugginsモデルを使って高分子の相容の理論をやっているはず.だったらボルツマンの式は出てきたはず.リンク先のwikipediaでいうと,ΔSを求めるときに(すっ飛ばしていますが)ボルツマンの式を使っています.ゴムの場合と同じく,分子レベルで作ったモデルからエントロピーを求めるときに使っています. さて結局のところ,ボルツマンの式とはどういうものなのか.日本語のwikipediaにはあまり情報がありません.しかし最も重要な「ミクロとマクロをつなぐ式である」ということは書いてあります.ボルツマンの式がないと,ミクロな分子描像からマクロな材料物性を求められないのです.特にソフトマターと呼ばれる,エントロピーが重要な物質群(高分子や液晶やゲルやゴムや生体膜や泡や...たくさん)ではボルツマンの式がとても重要です. ボルツマンの式について書いてあるサイトでどこか適当なところがないか探しているのですが,英語ではありますが「このサイト」が一番良いように思います.情報学におけるシャノンのエントロピーについても書いてあるし.(シャノンのエントロピーは,皆さんが日常的に使っているスマホなどでの情報圧縮,ファイルの圧縮と解凍,の基礎理論です.) 仮に増渕研への配属を希望される学生さんがいたとしますと,このゴム弾性の理論はよい判断材料かもしれません.一般には化学(ないし生物)の対象として捉えられているものを物理で眺める,ウチのグループの研究はだいたい全部そんな感じです.こういうのが面白いと思うか,思わないか.面白いと感じていただける方はウチ(とか笹井研)は楽しめると思います.

気体の緩和時間

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化生の松下先生,高野先生と高分子物理化学という講義を担当しています.その講義で寄せられた質問に適宜答えようと思います. 1/8の2回めの講義によせられた質問「気体の緩和時間はどのくらいなのか?」 そもそも気体が緩和するとはどういうことでしょう.気体がつまった風船を変形させたとします.すると中の気体の状態は平衡からズレて,速度などの分布関数が平衡状態のものとは変わってしまいます.しばらくして気体分子間での衝突が十分起きると,気体の速度その他の分布関数は平衡状態でのものに戻ります.これがここで考える気体の緩和です. さて,気体の緩和時間とは,気体分子の分布関数が平衡に戻るまで,統計的に十分な回数だけ衝突するのに必要な時間となります.気体の緩和時間がどのくらいの値となるか,ですが,気体分子の速度と平均自由行程(1回の衝突から次の衝突までに気体分子が飛翔する距離)がわかればオーダーが見積もれます.平衡状態からのズレが大きくないとして,まず平衡状態での平均自由行程をみるとこのくらいです.一方,気体分子の速度ですが,温度と気体分子の重さに依存しますよね.こちらも平衡状態での平均値を借りてくるとすれば,常温での窒素の場合でおおよそ500m/secくらいです.大気の平均自由行程を50nmとした場合,各分子は0.1ナノ秒くらいのインターバルで衝突します.仮に100回衝突しても10ナノ秒です.とても短いですね. 上記の計算は緩和時間のオーダーを見積もるためのものなのでかなりいい加減です.詳細に検討するには,衝突によって分子の回転や分子内の振動のモード分布が平衡化される過程を議論しないといけません.より詳しい議論のためには,この論文などを読んでください.

緩和時間の温度依存性

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化生の松下先生,高野先生と高分子物理化学という講義を担当しています.その講義で寄せられた質問に適宜答えようと思います. 1月8日の第2回講義では粘弾性と粘弾性解析の話をしました.その中で標記の質問が寄せられました.よい質問です.講義では温度依存性には全く触れませんでした. 粘弾性とは緩和現象の一種です.緩和現象とは,非平衡状態に励起された系が平衡状態に戻っていく,動的な過程(ダイナミクス)のことです.その過程は最も簡単には一次の反応式で書けます.励起された状態をB,平衡状態をAとして,B→Aと書きます.このときの反応速度定数をkとすると,その逆数が緩和時間τとなります. 反応速度論をやっている人たちは,反応速度定数kの温度依存性について学んでいるでしょう.現象論的には,アレニウスの式で書けます.緩和時間τはkの逆数ですから,アレニウスの式を書いてみると$\tau=\tau_0 \exp(E_a/RT)$となります.ここで$E_a$は活性化エネルギーで,$\tau_0$は$T$が無限大の極限での緩和時間です. アレニウスの式から緩和時間の温度依存性を見るとわかるように,温度が高いほど緩和時間は短くなります.粘弾性体の例としてヘアワックスを考えますと,温度が高いほど緩和時間が短い→ホールド性が弱い,ということです.逆に冬場で温度が低いと緩和時間が長く,ガチガチになってしまいます. 緩和時間の温度依存性は,温度時間換算則という重要な経験則に関係しています.(日本語のwikipediaには項目が無いようです.)

シアシックニング,シアシニングはどうして起きるのか

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化生の松下先生,高野先生と高分子物理化学という講義を担当しています.その講義で寄せられた質問に適宜答えようと思います.前回に続いて初回12/25日の講義に寄せられた質問,「シアシックニング,シアシニングはどうして起きるのか」を考えます. シアシックニング,シアシニングとは,Shear Thickening, Shear Thinning,と書きます.せん断流動を与えた時,せん断速度が高いほど粘度が上がるのがシアシックニング,粘度が下がるのがシアシニングです. シアシニングは身の回りに沢山あります.触ってヌルヌルするようなものはたいていシアシニング流体です.高分子液体とか,エマルションとか.高分子液体はウナギとか魚のヌルヌルした成分を想定してください.エマルションはクリームですね. シアシックニングは水溶き片栗粉です.テレビ番組などで罰ゲームとして使われていたりしますね.このビデオがとても分かりやすい. さてそれぞれ起きる機構ですが,一言で言えば,液体の中にある構造ができていて,その構造が流れによって変化するから,です.一般には,液体の中の構造が大きいと粘度は高く,小さいと低いのです. 例えば,物理ゲルのように弱い架橋構造を持っている場合,流れによって構造が破壊されます.破壊されると粘度が低くなるので,シアシニングを示します. 高分子液体でもシアシニングが観察されます.このときは高分子が千切れている,のではありません.高分子が流れに対して配向して抵抗が下がることと,流れによって分子間のからみあいが外れることが原因と考えられています.いずれにせよ,分子の様子が平衡状態とは異なる状態になることで生じています. 水溶き片栗粉の場合は,たくさんの微粒子が浮いているサスペンジョンと呼ばれる系です.このような系に速い流れを与えると,ジャミングといって交通渋滞のようなことが発生して,粒子が寄り集まった構造をつくって粘度が上がり,シアシックニングします.(上記の動画に関係する論文ではより詳細な議論が成されています.) 構造とレオロジーの関係はレオロジーの主要なテーマで,最近はレオロジーの論文を書こうと思ったら(シアシニング,シアシックニングにかぎらず)ほとんどこのアプローチになっています.

ダイヤモンドの弾性率はどうやって測るのか

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化生の松下先生,高野先生と高分子物理化学という講義を担当しています.その講義で寄せられた質問に適宜答えようと思います. 初回12月25日の講義ではレオロジーの基礎についてお話しました.その中で「人間が触って判る」弾性率の範囲について触れました.弾性率が最も高いのはダイヤモンドであることはよく知られています.が,金属やコンクリートとの硬さの違いは人間が触ってもわかりません.その理由は,指で触った時,骨よりも硬い物質については,人間の骨が変形するからです.骨よりも柔らかい物質(例えばゴムなど)であれば,ゴムが変形する様子を触感で捉えられます.しかし骨よりも硬い物質は人間が触っても変形させられません.変形するのは骨の方です.逆に,人間の肉よりも柔らかいものも感知できません.そのようなわけで,人間が触って感知できる弾性率は概ね10^10Paから10^5Paの間のもの,つまりプラスチックやゴムですよ,ということをお話したのでした. そこで出た質問.「ダイヤモンドの弾性率はどうやって調べるのですか?」これはよい質問です.講義では弾性率の定義として,応力をひずみで割ったもの,と教えています.ダイヤモンドを金属で挟んで,両側から押してひずみ(変形)を与える場合を考えます.この場合,ダイヤモンドは金属より硬いので変形せず,金属が変形してしまいますから,そこで得られる弾性率は金属の弾性率になります. 硬いものの弾性率はどうやって測るのか?これには音速を使います.音速は弾性率と密度に関係しています.超音波振動子とレシーバー(要するにスピーカーとマイク)で試料を挟んで,音を出して受信し,発信音と受信音とで遅れを計測すれば音速がわかります.このように音速を測ることができて,密度が別にもとめられていれば,弾性率を決めることができます.(音速と弾性率の関係はWikipediaにも書いてあります.)これを利用した実験系を用いて,ダイヤモンドより硬い物質を発見したとする論文もScienceに出たことがあります. 動物の筋肉の弾性率を,生きている状態で測りたい,というような目的でも音波を用いた計測は便利です.例えば名古屋大学応物での博士学位論文の一つにこういうのがあります(こちらの方が入手しやすいかも).著者の方は鈴鹿高専の教授をなさっています.

レオロジーの役割について

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レオロジーとかソフトマター科学の分かりづらさというのは象徴的な応用がそんなにインパクトが無いように見えてしまうからだろうと思います.たとえば電気自動車とか発光ダイオードとか太陽電池みたいにそれとわかるイノベーションを世の中に提供するわけではないためと思われます.もちろん免震ゴムとか低燃費タイヤとかゲルインクとか黄金比率プリンとかD3Oとか発泡ポリプロピレンとか100%米粉パンとか...レオロジーの偉大なる応用はたくさんあるのですが.社会のルールを変えますみたいな方向ではないというか.既にあるものを今あるルールの範疇でよりよく,みたいな方向というか. それでこういう記事を見つけました.Rube Goldberg Machineというのは,いわゆるピタゴラ装置ですね.ここで紹介されている装置のビデオも眺めていると面白いのですが,それより記事をご覧いただきたく紹介しました. この装置は3Mという,セロテープやポストイット他様々なものを生み出してきている会社のブランドマシンなんだそうな.ブランドロゴとかブランドフレーズというのはよくあるが,ブランドマシンとは面白いですね.Rube Goldberg Machineというのはシンプルなことをたくさんの(無駄な?)ステップの組み合わせで実現するものという定義だそうです.3Mは一見シンプルに見えることに含まれるたくさんの科学に注目して,それを商売にしますよ,ということを端的に表現するとこのようなマシンになると. まさにレオロジーとかソフトマター科学の姿といえましょう.

線形代数1

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今期,増渕は線形代数1の担当を仰せつかりました.しかも物理工学ではなく化学系の1年生向けでした. 線形代数というのはざっくり言って行列に関する内容を学ぶのですが,今年入学した現役の1年生は高校で行列を全く習っていないのです.実は今年の3月までそのことを知りませんでしたので驚きました.与えられた行列のn乗を求めよ,みたいな問題は増渕が受験生の頃は定番でしたので.しかし,考えてみますと,今までの高校の数学では2x2の行列しか出てこなかったのです.だから行列式や逆行列の公式を丸暗記でもなんとかなってしまう.これで行列を分かった気になって,大学で痛い目にあった人も多かったはず.線形代数ではもっと大きな行列を,しかも行列の次数を限定せずに,計算できるようにならないといけません.このとき2x2行列の知識がなまじあると,行列要素が指定されない抽象度が上がった問題に対応できないのです. さて試験は金曜日に終わり,成績も報告しました.Sが6人,Aが33人,Bが20人,Cが12人,Fが9人でした.Fの人は再試験になります.