レオロジー(rheology)は物質の流動と変形を科学する学問です.似たような分野に流体力学と材料力学があります.流体力学と材料力学では理想的な液体(流体),理想的な固体が,複雑な境界条件のもとで複雑な流動や変形を受けた時にどのように振る舞うかを考えます.これに対してレオロジーでは,液体と固体の中間にあるような性質を示す物質(高分子液体を始めとする,いわゆるソフトマターのほとんどすべて)が,単純な境界条件と理想的な流動や変形を受けた時にどのように振る舞うかを考えます.食品やコスメ品,塗料のような製品ではユーザーの使い心地に直接関係します.またプラスチックの成形加工のように化学工学的なプロセス設計でも重要です.このような現象論的レオロジーはレオロジーの黎明期には盛んに研究され論文も多数ありましたが,現在では研究論文が出版されることは稀です.しかし工学的には非常に有用かつ重要であり,パラメーター特許にも使われます.
レオロジーにはまた別の側面として,物質内部のダイナミクスを見るためのプローブとしての役割があります.物質が流れるということは分子の位置が動いていることです.よって,レオロジーが系内部の分子運動を何らかの形で反映することは直感的に理解できると思います.ここでは,レオロジーは緩和現象として捉えます.すなわち,力学的な変形によって系に摂動を与えて平衡状態からずらし,そこから如何にして平衡に戻るかを観察します.近年,レオロジー関連の学術的な学会発表や論文は大半が分子論的レオロジーに関するものです.何らかの構造解析とレオロジー測定を組み合わせることによって,系の構造とダイナミクスの関係を明らかにすることを目的としています.
上記の2つの面は,ほとんど別の学問といってよいほど,別物と捉えるべきだと増渕は考えています.最初の面は流体力学からの延長線上にあって,機械や化学工学の分野で重要です.一方で2番目の面は分光学の一種と捉えるべきもので,系の中のミクロなダイナミクスを解析するための道具としてソフトマター物理学や高分子科学で重要です.どちらに重点を置くかによって学ぶ内容は異なります.講演会やセミナーに出席される場合や,教科書を選ぶ場合は,どちらに興味があるのかをはっきりさせると良いでしょう.
増渕がレオロジーの講演や講義をお引き受けする場合は,上記のどちらがよいかを必ずお尋ねします.両方話してくれ,といわれると,焦点がボケるので大変困ります.