ボルツマンの(エントロピーの)式

化生の松下先生,高野先生と高分子物理化学という講義を担当しています.その講義で寄せられた質問に適宜答えようと思います.

1/22日の講義では,ボルツマンの式を使ってゴムの弾性率を分子モデル(自由回転鎖)から導く,という,高分子物理化学の華を説明しました.この話は久保亮吾の学部向けの統計力学演習の本にも演習問題の一つとして入っていますし,統計力学と熱力学がわかっていればそんなに難しい話ではありません.逆にそれらがワカラナイと如何ともしがたい.しかし高分子物理およびソフトマター物理の入り口にあたる内容なので,細かい計算はともかく,その流れというか,ミクロな分子描像からマクロな材料の性質がわかるという素晴らしさをぜひわかってほしいと思います.

少し流れをおさらいしておきます.まず,マクロなゴム全体について,熱力学的に記述してみたのでした.すなわち,張力は引張られたことによる自由エネルギーの変化として表されることを示しました(このあたりのwebページに同様の議論があります.自由エネルギーが分からないという質問もあったんだけど,そういう人は熱力学を復習してください.)次に,ゴムのモデルとして,自由連結鎖の両端をつまんで引張ることを考えたのでした.自由連結鎖については,教科書ですでに(接続されたセグメント数が十分大きければ)形態分布関数(両端の距離がxになる確率の分布)がガウス分布になることが示されていたはずです.この分布関数からボルツマンの式をつかってエントロピーを求め,さらに自由エネルギーを求めました.ここまでくると,ゴムの弾性率が自由連結鎖のパラメーター(セグメント長とセグメント長さ)および温度で表されます.

この議論のキモはなんといってもボルツマンの式です.増渕は講義で,この式を知らなんだら院試は通らないよ,と思い余って言ってしまいました.統計力学が講義にあるかぎりにおいてはこれは真実だと思うので,応物の学生さんたちにとっては間違いない.けれどアンケートを取ってみたら,ボルツマンの式はこの講義ではじめて聞いた,というものが結構出てきました.確かに名大工学部応用化学のシラバス見ると統計力学は選択科目にも無いね.これは大変失礼しました.

そんなわけで,ボルツマンの式に関する質問が多く出てきました.まず,「ボルツマンの式はゴムだけの話なのか?」という質問がありましたが,NOです.ボルツマンの式は極めて一般的な式です.この講義の前半ではFlory-Hugginsモデルを使って高分子の相容の理論をやっているはず.だったらボルツマンの式は出てきたはず.リンク先のwikipediaでいうと,ΔSを求めるときに(すっ飛ばしていますが)ボルツマンの式を使っています.ゴムの場合と同じく,分子レベルで作ったモデルからエントロピーを求めるときに使っています.

さて結局のところ,ボルツマンの式とはどういうものなのか.日本語のwikipediaにはあまり情報がありません.しかし最も重要な「ミクロとマクロをつなぐ式である」ということは書いてあります.ボルツマンの式がないと,ミクロな分子描像からマクロな材料物性を求められないのです.特にソフトマターと呼ばれる,エントロピーが重要な物質群(高分子や液晶やゲルやゴムや生体膜や泡や...たくさん)ではボルツマンの式がとても重要です.

ボルツマンの式について書いてあるサイトでどこか適当なところがないか探しているのですが,英語ではありますが「このサイト」が一番良いように思います.情報学におけるシャノンのエントロピーについても書いてあるし.(シャノンのエントロピーは,皆さんが日常的に使っているスマホなどでの情報圧縮,ファイルの圧縮と解凍,の基礎理論です.)

仮に増渕研への配属を希望される学生さんがいたとしますと,このゴム弾性の理論はよい判断材料かもしれません.一般には化学(ないし生物)の対象として捉えられているものを物理で眺める,ウチのグループの研究はだいたい全部そんな感じです.こういうのが面白いと思うか,思わないか.面白いと感じていただける方はウチ(とか笹井研)は楽しめると思います.

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